最近の労使間トラブルに関する裁判例


裁判例33:アカデミックハラスメントと不法行為責任

神戸地方裁判所姫路支部平成29年11月27日判決(判例タイムズ1449号205頁)

 本件は、国立大学法人である大学の大学院生であった原告が、ゼミの指導教授及び大学を相手取って慰謝料等の支払を求めた事案である。

 神戸地方裁判所姫路支部は、以下のとおり判示して、原告の請求を一部認めた。

 指導教授による学生に対するアカデミックハラスメント行為は、指導者である教授が、学生の単位や卒業の認定、論文の提出の許可などについての強い権限を持つという圧倒的な優位性に基づき、学生に対して行われる暴言、暴力や義務なきことを行わせるなどの理不尽な行為をいい、研究室の閉鎖性・密室性ゆえに発生するものである。

 上記行為は、学生の人格を傷つけるとともに、学習環境を悪化させることで、学生の学習、研究活動の権利を奪う違法なものである。

 もっとも、教授は教育研究活動を行うに当たって広範な裁量を有することから、学生に対して教育・研究活動の一環として指導や注意等をすることも教授の裁量として認められ、直ちに違法であるとはいえない。そうすると、教授の学生に対する言動がアカデミックハラスメント行為に該当し、違法であるか否かは、その言動がされた際の文脈や背景事情などを考慮した上で、教授としての合理的、正当な指導や注意等の範囲を逸脱して学生の権利を侵害し、教授の裁量権の範囲を明らかに逸脱、濫用したか否かという観点から判断すべきである。

 指導教授は、当時、国立大学法人である大学の教授の立場にあり、そのような指導教授による国立大学法人の教育、研究活動は、国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に当たるものである。そうすると、国家賠償法1項1項により、大学に損害賠償責任が発生するところ、同責任が代位責任であるとすれば、大学の責任の他に指導教授個人の責任が認められるかどうかが問題となる。

 国立大学法人法は、独立行政法人通則法51条を準用しておらず、国立大学法人法19条の適用のある場合を除けば、国立大学法人の教職員は、みなし公務員ではないとされていることに加え、国立大学の設置主体が国から国立大学法人に変更されたことにより、私立大学と学生との間の在学契約と、国立大学法人と学生との間の在学契約には何らの差異を見出すこともできないということができる。そして、大学教授が大学において、教育、研究活動を行うこと自体は、公権力の作用ではなく、警察や消防士のように公権力を行使するに当たっての萎縮効果といったリスクを考慮する必要もない。そうすると、このような関係においては、国家賠償法1条1項の損害賠償責任においては使用者責任と同様に考えることができるから、公務員個人の不法行為責任を否定する理由はなく、指導教授個人も民法709条に基づく不法行為責任を負うと解すべきである。