最近の労使間トラブルに関する裁判例


裁判例70:通勤手当支給規定における「最も経済的かつ合理的な経路」の判断

東京地方裁判所平成30年10月24日判決(判例タイムズ1475号125頁)

 

 本件は、被告会社が、給与規定の内容として通勤手当を「通勤経路が2つ以上ある場合には最も経済的かつ合理的な経路によるものとする」と定め、原告である社員に対し、定期券代金が最安値の経路に係る通勤手当を支給していたところ、原告が、①「最も経済的かつ合理的な経路」とは、通勤時間の最も短い経路であると主張して、当該経路に係る金額と実際に支給されている手当との差額を請求した事案である。原審はこれを棄却したため、原告は控訴し、併せて②原告以外においては、通勤時間の最も短い経路に基づく通勤手当を受けている社員がおり、被告による原告への不当な不利益扱いに基づく損害賠償請求権が成立するとの主張を追加した。

 裁判所は以下の様に述べて、いずれの請求も棄却した。まず、①について、支給規定の、「経済的」及び「合理的」につき、一応の解釈を示しつつも、「他の経路との比較において、双方の要素の差の程度を比較衡量して決することにならざるを得ず、それ自体一義的に決せられる性質のものではない…。」また、被告において、「内容をさらに具体化する規程等の存在はうかがわれない。」そうすると、被告が「従前、全社的にどのような見解に立って通勤手当を支給してきたかなど、その運用の実態をも踏まえて判断せざるを得ない」とする。

 そして、通勤経路が最短な通勤手当を支給されている社員が4名いることは認定しつつ、被告の「営業所は全国に多数あって…雇用する…社員の数は相当多数に及ぶことに照らすと、上記4名をもって有意に多数ということはできず、これらの者に対する…支給額については…手続上の誤りである可能性が一定程度ある」ことを認定し、「最も合理的な経路に係る通勤手当を支給するという運用の実態があったと認めることはできない」とする。

 そのうえで、「運用の実態以外の観点から検討しても」、最安値経路と最短経路との「時間の差は約10分にすぎないところ、それにもかかわらず両経路の3か月の定期券代金相当額の差が1万円以上に上ることに照らすと、上記の所要時間の差を重視すべきとは必ずしもいえない」として、原告主張の経路が「最も経済的かつ合理的な経路」とはいえないとする。

 次に、②については、①の判断により被告が最短経路に係る「手当の支給義務を負うものということはできないうえ…他の…社員に対する…支給は事務手続上の誤りによる可能性が一定程度あり」、被告が「意図的に…不利益に扱っていたと認めるに足りる的確な証拠はない」。さらに、この4人への支給については、被告が4人から「過払い分を回収すべき筋合いであって」、原告に「経済的損失に係る損害が生じる余地はない」とした。