最近の労使間トラブルに関する裁判例


裁判例75:トランスジェンダーである国家公務員に対する女性用トイレの使用に対する制限等及びそれに関する人事院の判定が違法とされた事例

東京地方裁判所令和元年12月12日判決(判例タイムズ1479号121頁)

 

 本件は、トランスジェンダー(生物学的には男性であるが、心理的な性は女性)であり国家公務員の原告が、所属する経済産業省において女性用トイレの使用制限を受けたこと及び他職員の発言等に関して国家賠償を求めるとともに、人事院の判定(原告がトイレ等の使用及び処遇に関する措置を求めたものの、これを認めなかった判定)の取消を求めた事案である。

 裁判所は以下のように述べて、国家賠償請求及び人事院判定のそれぞれにつき一部認容した。

 まず、法規制の観点から、「管理する者に対して…トイレを使用する者をしてその身体的性別又は戸籍上の性別と同じ性別のトイレを使用させることを義務付けたり、トイレを使用する者が…異なる性別のトイレを使用することを直接的に規制する法令等の規定は見当たらない。そうすると、本件トイレに係る処遇については、専ら経産省(経済産業大臣)が有するその庁舎管理権の行使としてその判断の下に行われているものと解することができる」とする。

 次に、「性別は、社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われており、個人の人格的な生存と密接かつ不可分のものということができるのであって、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは、重要な法的利益として、国家賠償法上も保護されるべき」とし、「個人が社会生活を送る上で、男女別のトイレを設置し、管理する者から、その真に自認する性別に対応するトイレを使用することを制限されることは、当該個人が有する上記重要な利益の制約に当たる」とする。

 そして、「被告は、我が国においては、性同一性障害の者が自認する性別に応じた男女別施設を利用することについて、必ずしも国民一般においてこれを無限定に受容する土壌が形成されているとまではいい難い…旨を指摘する…。しかしながら、生物学的な区別を前提として男女別施設を利用している職員に対して求められる具体的な配慮の必要性や方法も、一定又は不変のものと考えるのは相当ではな」いと指摘し、「当該性同一性障害である職員に係る個々の具体的な事情や社会的な状況等の変化を踏まえて、その当否の判断を行うことが必要である」とする。

 そのうえで、経産省によるトイレに関する制約について、「原告は…性同一性障害の専門家である…医師が適切な手順を経て性同一性障害と診断した者であって、…経産省においても…原告が遅くとも平成22年3月頃までには女性に対して性的な危害を加える可能性が客観的にも低い状態に至っていたことを把握していたものということができる…。」、「また、経産省の庁舎内の女性用トイレの構造…に照らせば、当該女性用トイレにおいては、利用者が他の利用者に見えるような態様で性器等を露出するような事態が生ずるとは考えにくい…。」、「さらに…原告については、私的な時間や職場において社会生活を送るに当たって、行動様式や振る舞い、外見の点を含め、女性として認識される度合いが高いものであった…。」、「原告と同様に…トランスジェンダーの従業員に対して、特に制限なく女性用トイレの使用を認めたと評することのできる民間企業の例が…少なくとも6件存在し、経産省においても平成21年10月頃にはこれらを把握することができた…。」、「平成15年に…性同一性障害者特例法が制定されてから現在に至るまでの間に…トランスジェンダーによる性自認に応じたトイレ等の男女別施設の利用を巡る国民の意識や社会の受け止め方には、相応の変化が生じているものということができるし、このような変化の方向性ないし内容は…諸外国の状況から見て取れる傾向とも軌を一にする…。」と認定したうえで、「これらの事情に照らせば…平成26年4月7日の時点において…被告の主張に係るトラブルが生ずる可能性は、せいぜい抽象的なものにとどまるものであり経産省においてもこのことを認識することができたというべきであ」り、「4月7日の時点においては…原告の法的利益等に対する…制約を正当化することはできない状態に至っていたというべきである」とし、「経産省(経済産業大臣)による庁舎管理権の行使に一定の裁量が認められることを考慮しても、経産省が同日以降も本件トイレに係る処遇を継続したことは、庁舎管理権の行使に当たって尽くすべき注意義務を怠ったものとして、国家賠償法上、違法の評価を免れない」とした。

 また、上記に従い、他の個別の原告・経産省のやり取りを認定していき、経産省の担当者が、原告に対し、「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか。」と発言したことについて、「このような…発言は、その言葉の客観的な内容に照らして、原告の性自認を正面から否定するものであると言わざるを得ない」として「上記の発言は、原告に対する業務上の指導等を行うに当たって尽くすべき注意義務を怠ったものとして、国家賠償法上、違法の評価を免れない」とした。

 同様に、人事院の判定についても、「本件トイレに係る処遇については、遅くとも平成26年4月7日の時点において原告の性自認に即した社会生活を送るといった重要な法的利益等に対する制約として正当化することができない状態に至っていた…。しかしながら、本件判定は…原告の法的利益等の重要性のほか…考慮すべき事情を考慮しておらず、又は考慮した事項の評価が合理性を欠いており、社会観念上著しく妥当を欠くものであった」とし、本件判定のうち、トイレに関する判定を取り消した。