最近の労使間トラブルに関する裁判例


裁判例72:歩合給の計算に当たり基準額から残業手当等を控除する賃金規則に基づく割増賃金の支払は、労基法37条を充足しないとされた事

最高裁判所令和2年3月30日判決(判例タイムズ1476号49頁)

 

 本件は、タクシー運転手である原告が、被告会社に対し、歩合給の計算に当たり、売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する賃金規則に基づいて割増賃金を支払っていたとしても、それは労基法37条が定める割増賃金の支払には該当しないとして未払い賃金の支払いを求めた事案である。原審はこれを認めなったため、原告が上告した。

 裁判所は以下の様に述べて、原告の請求を認容した。

 まず、労基法37条は「使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨による」こと、及び同条は、「労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき…法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を…対価として支払うこと自体が直ちに同条に違反するものではない」ことを確認する。

 他方、「使用者が…法37条に定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として…法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになる」ところ、そのためには、「通常の労働時間の賃金にあたる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である」こと、その判別には「当該手当がそのような趣旨で支払われているものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり…、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく…当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならない」と指摘する。

 そして、本件では、被告が支給する「割増金は、深夜労働、残業及び休日労働の各時間数に応じて支払われることとされる一方で、その金額は、通常の労働時間の賃金である歩合給⑴の算定に当たり対象額Aから控除される金額としても用いられる」ことから、「時間外労働等の時間数が多くなれば、割増金の額が増え、対象額Aから控除される金額が多くなる結果として歩合給⑴は0円となることもあ」ると認定する。

 そのうえで、「歩合給⑴…は…揚高から一定の経費や使用者の留保分に相当する額を差し引いたものを労働者に分配する賃金であると解されるところ…上記仕組みは、当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費と見た上で、その全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって…法37条の趣旨に沿うものとはいい難い。また…歩合給⑴が0円となる場合には、割増金のみが支払われることとなるところ、この場合における割増金を時間外労働に対する対価とみるとすれば、出来高払制の賃金部分につき通常の労働時間の賃金に当たる部分はなく、全てが割増賃金であるということになるが、これは、法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われるという…法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない」とする。

 したがって、本件「割増金の支払により…法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない」とした。